2016-6-2
オチビサン歳時記第41回 〜衣替え〜
いつも素敵な和服姿で暮らすオジイ。
6月に入って、涼やかな単衣に着かえたようです。
みなさんは、もう衣替えはすみましたか?
衣装箱にしまってしばらく見なかった夏服をとり出すと
「ああ、こんなのもあった」と新鮮な思いがしますよね。
今回のテーマは衣替え。オチビサンの服のヒミツも明かされますよ。
「四月一日」と書いて、「わたぬき」と読む!?
日本では、多くの地域で、6月1日に学校や官公庁などの制服が冬服から夏服へ変わります。ある日を境にいっせいに衣服を変えるこの習慣は、平安時代の宮中行事から始まったもの。中国から伝えられた伝統行事でした。
当時の衣替えは「
」と書き、旧暦4月1日と10月1日でした。今の暦に直すと、今年は5月7日と10月31日にあたります。衣装だけでなく、室内の調度品や装飾も、季節に応じたものに取り替えました。晩秋の衣替えは、「更衣」とは区別して「
」と呼び、秋の季語になっています。
衣替えの習慣が民間にも広まったのは江戸時代になってから。武家の間では、衣替えが年4回に増え、それぞれの期間に着るものが決められていました。3月末まで着用したのが綿入りの防寒着。4月1日には「袷」という裏地つきの着物に着替えます。ためしに、パソコンで「わたぬき」と打ち、変換キーを押してみてください。「四月一日」や「四月朔日」という選択肢が出てくるはず。「四月一日」を「わたぬき」と読むのも、旧暦4月1日の衣替えに由来しているのです。
オジイの言う通り、和服は今でも衣替えの習わしを守り、時期によって着るべき着物の種類が決まっています。しかし、オチビサンの縞々の服も季節ごとに違っていたとは、驚きました。ちなみに縞模様は、かつては「筋」などと呼ばれていました。「しま」と呼ばれ出したのは江戸時代。南蛮船で南洋諸島から届く織物には筋模様が多く、それを「島物」「島渡り」と呼んだことから、「しま」いう呼び方が生まれたそうです。そこに、白絹の意味をもつ「縞」という字を当てたのです。絹は、夏に涼しく冬には暖かい素材なので、ぜひオチビサンの衣装に加えてほしいですね。